10月15日、例月出納検査、令和8年度採用の職員採用面接試験、昇龍まつり実行委員会を開催しました。
特に昇龍まつり実行委員会では、当日のスケジュールや各催事の確認と予算案の承認をいただきました。
本番当日が盛り上がるよう準備を進めていきたいと思います。

10月17日、南信地域町村交通災害共済事務組合議会並びに構成町村長会議研修会が原村で行われましたので出席しました。
議事では、新たに富士見町長となられた渡辺町長の役員選任などが審議され原案どおり承認されました。
また、研修会では日本銀行松本支店の真川支店長から「最近の金融経済情勢」と題した講演があり、その後半では支店長が松本に着任してから巡られた市町村の紹介がありました。天龍村も中井侍や天龍梅花駅伝大会、羽衣埼などの紹介をいただきました。



10月18日、「小池清県議会議員を囲む会」が阿南町で行われましたので出席しました。
小池県議からは県政報告があり、参加した町村長からは日頃の支援に対するお礼や今後のご活躍を祈念する言葉が聞かれました。
10月20日、第41回長野県町村会定期総会・情報交換会が長野市で行われましたので出席しました。
私事ではありますが、総会の場において「令和7年度自治功労者表彰」をいただきました。
長年、地方自治の振興に貢献してきた功績が認められてのことだということですが、自分としては、ただただ村の発展ため、村民の幸せためという思いで取り組んできただけです。
このような大変名誉ある賞をいただき心より感謝申し上げます。また、日頃よりご支援等いただいております皆様に感謝申し上げます。
今後においても、村のため、村民のために尽力してまいりますので、引き続きのご指導ご支援をお願い申し上げます。



10月21日、信州大学工学部建築学科の山内美紀子教授のところに訪問し、これから天龍村で進めようとしているプロジェクトへの協力願いに行ってきました。
寺内教授の研究室(テララボ)では、建築設計やまちづくりなどのプロジェクトを手がけるほか学術研究などを行っています。
一方、人口減少、少子高齢化が進行する天龍村では、まちづくりと絡めた福祉施策を構築しなければならない時期が来ており、そうした点で福祉関係の知見者や大学の皆さんのお知恵やご意見を伺いながらそうした村の課題に対応した将来像を創っていきたいと思っています。
今後具体的に動き出しましたら適宜ご報告いたしますので、どうかご協力をお願いいたします。


10月23日〜24日、「第11回砂防現地視察と討論会」出席のため福岡県久留米市及び朝倉市を訪問してきました。
久留米市では、令和5年に土石流災害に見舞われた千乃尾川(田主丸町竹野)の現場を見させていただきました。
朝倉市では、平成29年7月九州北部豪雨により被災した赤谷川及び乙石川における砂防施設の効果事例を見学させていただきました。
どちらも、近年頻発化している線状降水帯の発生による短時間での豪雨によりもたらされた災害で事前防災の難しさを感じました。
討論会では、全国から参加した市町村長から災害を受けての教訓や課題などについて質問が出され、積極的な意見交換ができました。
実は、朝倉市は7年前にも訪問させていただいており、7年間で乙石川などの護岸整備や砂防施設整備が進んでいる様子をうかがうことができました。








24日(砂防現地視察2日目)、東峰村宝珠山の本迫川砂防事業を視察させていただきました。
ここもやはり平成29年7月の九州北部豪雨により土石流の被害があった場所です。
この災害によりJR九州日田彦山線が壊滅的に被災しました。JRなどは本線の復旧を断念することになり、代わりにBRT(バス高速輸送システム)によるバス運行を行うことを決定し現在では被災前以上の乗車人数を確保しているそうです。
視察では、筑前岩屋駅で復興の状況を見させていただきました。(ここもやはり7年前に視察させていただいていますので、復興の様子がよくわかりました。)
今回の現地視察及び討論会を通して感じたのは、「明日は我が身、改めて防災への対応を万全にしていかなければならない」ということです。


(現在)


(現在)


(現在)
10月26日、天龍村ゴルフ大会を飯田カントリークラブで行いました。
スタート時点では小雨交じりの状態でしたが、時間が経つにつれ青空も見え快適な天候となりました。
大勢の皆様にご参加いただき開催できましたことに感謝申し上げます。
次回も是非ご参加いただきたいと思いますし、新たにご参加いただける方も心より歓迎いたしていますので、奮ってご参加願います。

10月27日、天龍村教育委員として再任しました宮澤くるみ委員の任命式を開催しました。
任期は4年。保護者の立場からも村の教育行政に対しご助言等いただければありがたいと思います。
同日、令和7年度定期監査が行われました。
また、課長会議を開催し、来月の行事等の確認を行いました。
さらに、建設課関係の入札を行いました。

同日、宮下弁護士が来庁され、長野県弁護士会から弁護士活用などに関する要望をいただきました。
村としてできることは協力したいと思います。

10月28日、長野県町村会政務調査会建設部会による長野県要望活動が行われました。
建設部関係を中心に道路、砂防、河川などに関し具体的な要望を行いました。
各町村長からは、予算の確保、道路の維持管理、雨量規制の見直しなどの意見も出され、私からはとにかく現場の足を運んで現地の様子や住民の声を聴いてもらいたい旨をお願いしました。


同日、愛知・長野県境域開発協議会議員研修会が豊根村で行われましたので出席しました。
長野からの参加だったため、(株)モリアゲの長野麻子様の講演を聞くことはできませんでしたが、その後の意見交換会から参加させていただき、構成町村の議員の皆さんと交流させていただきました。
10月29日、阿南病院運営懇談会が阿南病院で行われましたので出席しました。
阿南病院の経営状況や取組状況、中期計画、年度計画などについて説明があり、参加者からは阿南病院の存続に向けた意見や質問が出されました。
私からは、医師の確保のため協力を惜しまないことや訪問看護ステーションへの負担金の見直しについて意見を述べさせていただきました。

10月30日、村と議会による長野県建設部及び長野県議会への要望(陳情)活動を行いました。
道路、砂防、地すべりなどについて改良整備をお願いすると共に財源の確保を確実に行っていただきたい旨を要望してきました。
なお、村の経済団体などの代表として商工会長さんと観光協会長さんにも同行いただき、現場の切実な状況などを伝えてもらいました。
また、夕方からはかつて天龍村で交流派遣職員として勤務いただいた県職員の皆さんと懇談をさせていただきました。





10月31日、長年天龍村教育長として村の教育にご尽力いただいた板倉恒夫さんの葬儀が行われました。(令和7年10月27日逝去 83歳)
板倉先生は、昭和43年4月から平成15年3月まで教員として長野県内で教鞭をとられ、飯田東中学校長を最後に勇退されました。その間、下伊那教育会会長、下伊那校長会会長などを歴任し、平成15年10月から3期12年、天龍村教育長としてご活躍されました。
教育長時代は、学校教育について村の小中学校の児童生徒が急激に減少する中で、「地域の子どもは地域で育てる」を基本とした「少人数だからこそできる、天龍村だからこそできる教育」=「天龍力」を育む学校づくりに尽力すると共に、村・学校・地域・教育委員会のパイプ役として数多くの問題解決に取り組んでこられました。
また、近年では村の行政相談員として村民の悩みにも真摯に対応してくださいました。
温厚誠実にして品行方正、清廉潔白な方で、さらに常に笑顔が絶えない本当に誰からも好かれていた方でした。
早すぎるご逝去に残念でなりません。
改めて生前いただいた数々の御恩に感謝し衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。
なお、板倉先生は趣味で色鉛筆画を描かれていました。まさか私の家を描いていただいていたとは思いませんでした。


